はすみとしこの薄い本を読んだ雑感

難民の少女を無断でトレースした挙句、あたかも少女が偽装難民であるかのようなイラストを描いて轟々たる非難を浴びたはすみとしこ氏のサイン会が、多数の抗議によって中止になるという出来事があった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160128-00000041-it_nlab-sci

イラストや内容が差別的だと批判が寄せられていたはすみとしこさんの作品集「『そうだ難民しよう!』はすみとしこの世界」のサイン会が中止されることが分かりました。イベント会場となる書店「書泉グランデ」では1月27日のうちに公式サイトで告知していた当該ページを削除しています。


 イベントは作品集購入者先着40人限定でのトーク&サイン会として2月11日に書店のイベントスペースで開催されるとして1月26日に告知していました。しかし、作品集への批判とともにイベントについての抗議が主催者側に寄せられ、当日の混乱も予想されるとして翌日には中止が決定。出版元の青林堂も自社のツイッターアカウントで「理由はみなさまご想像のとおりです」と中止を伝えています。

 以前問題となったのはFacebookに投稿された、ある1枚のイラスト。「安全に暮らしたい。清潔な暮らしを送りたい。美味しいものが食べたい。自由に遊びに行きたい。おしゃれがしたい。贅沢がしたい。何の苦労もなく生きたいように生きていきたい。他人の金で。そうだ難民しよう!」との文章とともに幼い中東系の女の子が描かれていました。シリア難民の一部に「不法移民」の疑いがあるとし、「他人の金」で安定した暮らしをしようとしているのではないかと指摘するものでした。

 イラストは差別表現であるとして批判が殺到。また、海外で撮影された難民の写真をトレースしたものではないかとの疑いが浮上し、写真の撮影者もコメントを発表する事態になりました。イラストはその後書き直されて改めて公開、作品集にも収録されています。


そうだ難民しよう!  はすみとしこの世界

そうだ難民しよう! はすみとしこの世界



ジュンク堂が抗議を受けて「民主主義フェア」の選書を一部変更した事件を連想させる。
もっとも、こちらは非公式のアカウントでジュンク堂を代表する意見と錯覚されても仕方のない呟きをしてしまったという「落ち度」があったけれども。

ジュンク堂民主主義フェアを見直し 店員ツイートに批判:朝日新聞デジタル

 東京都渋谷区の「MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店」で開催中のブックフェア「自由と民主主義のための必読書50」が21日に一時撤去され、並べる本を見直すことになった。運営会社が22日、HP上で発表した。きっかけは、書店員がつぶやいた「闘います!」などのツイートに対するネット上の批判だった。

 フェアは9月20日ごろにスタート。安全保障関連法制に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」の「民主主義ってこれだ!」や、歴史社会学者の小熊英二さんの「社会を変えるには」、作家の高橋源一郎さんの「ぼくらの民主主義なんだぜ」などの書籍50種類前後がレジカウンター前の棚に並び、今月末まで開催予定だった。

 だが、渋谷店の書店員が今月19日、「非公式」に開設したツイッターアカウントで、「夏の参院選まではうちも闘うと決めましたので!」「闘います。うちには闘うメンツが揃(そろ)っています。書店としてできることをやります! 一緒に闘ってください」などと発信。共感が寄せられる一方で、安倍政権を闘う相手に想定しているとして「選書が偏向している」といった批判が続出した。

 店側は20日に非公式アカウントを削除し、21日夕にフェアの棚を撤去。運営する「丸善ジュンク堂書店」は22日、公式HPで「弊社の公式な意思・見解とは異なる内容です」などとして、ツイートに至る経緯を調査し、棚を撤去して内容を見直した上で再開する方針を示した。広報担当者は「フェアのタイトルに対して、陳列されている本が偏っているという批判を受けて、店側が自主的に棚を一時撤去した」と説明する。

 渋谷店の店長は「素晴らしいという声も、偏りを指摘する声もあった。いずれも真摯(しんし)に受け止めている。批判があった以上、内容を改めて検討する必要があると考えた」と述べた。

 安全保障関連法制の成立前後から、安保や民主主義をテーマにしたフェアを開催する書店は相次いでいる。系列のジュンク堂書店池袋本店でも9月末まで開催していた。(藤原学思、市川美亜子)


書泉グランデへの抗議は「言論弾圧」でもなければ「言論・表現の自由に対する侵害」でもない。勿論、ジュンク堂へのそれも然りである。
「そうだ難民しよう! はすみとしこの世界」(以下「難民しよう」)をサイン会やトークの場を設けて好意的に宣伝する自由は、同時にデマや偏見を助長する書籍へ嫌悪を現す自由であり、そのような書籍に関連した催しを企画した書店へ抗議する自由でもある。書店側も抗議を重く受け止めてイベントを見直す自由があれば、批判を無視してサイン会を強行する自由だってある。それによってはすみ氏の主張に共感する人々の支持を得る自由もあるし、「難民しよう」を問題視する人達に「書泉グランデには金輪際金を落とさない」と決意させる自由でもある。サイン会の中止はグランデの総合的な判断に過ぎない。




「難民しよう」の中身について少しばかり言及しようかと思う。
表紙はあの(悪い意味で)有名な難民少女をトレースしたイラストに、少女が右手でⅤサインを作っている様子が付け加えられている。これは本書の帯を外して初めて確認できる仕様で、難民たちはうわべこそ困窮のていを装ってはいるが、実態は「難民を装って苦労せずに生きたい」という(はすみ氏の一方的な偏見に基づく)偽装難民の狡さを表現しているように受け取れる。
はすみ氏はこの本の中で「ホワイトプロパガンダ漫画家」なる聞きなれない肩書きを用いているが、この奇天烈な自称については後述する。

本書ははすみ氏がSNSで公開したイラストに「テキサス親父事務局事務局長 藤木俊一」氏がそれぞれ解説を付け加えているのだが、残念ながらこれがとても解説と呼べる代物ではない。
例えば「難民しよう」で最初に掲載されている作品が「そうだ在日しよう!」、簡単に言えばネット右翼が流布してとうの昔にその出鱈目さが指摘されているものを、性懲りもなくかき集めただけの内容である。

はすみ氏が撒き散らす難民や在日外国人関連のデマについては、下記リンク先に具体的な反論があるので一読されたい。

難民の少女を揶揄するイラストで世界中から非難を浴びた漫画家が今度は「在日」攻撃イラスト投稿! 根底にあるヘイトとデマ体質|LITERA/リテラ

「難民しよう」にはSNSには無かった藤木氏の解説が入るのだが、冒頭から『「通称名」という在日特権が存在する』である。何周遅れの認識なんだ…。しかもその後に「一方、日本人は犯罪を犯せば容赦なく実名報道されてしまう。これを『特権』と言わずして何と言うべきか」と続くのだからどうしようもない。その理屈で言ったら在特会の元会長は日本人ではないという事になる。他にも「特別永住資格」や生活保護需給率の高さ、三重県伊賀市で在日韓国・朝鮮人の住民税が半額に減額されたことなどを持ち出すのだけれども、結論から言えばこれらはすべて「在日特権」と呼べるようなものではない。「在日特権の虚構」という本に詳しい。

で、この在日特権デマで描かれている女性は笑顔でパスポートらしきものを手に持っているのだが、何故かこの部分にだけモザイクがかかっている。

イラストの女性が持つ「緑色の何か」は、彼らの祖国のパスポート。彼らは日本人ではなく、日本国内に居住する
「外国人旅行者」に過ぎない。
アダルトビデオの局部などには「見てはいけないもの」として、モザイク処理がほどこされる。従来、在日の
持つパスポートも「見てはいけないもの」として扱われてきたことから、このイラストでも配慮してモザイク
処理をほどこした。

という何を言っているのかよくわからない解説が入るのだが、モザイク処理こそ施されているものの、イラストの女性が所有しているのはどうみても日本国のパスポートで韓国のものではない。
おそらくではあるが、はすみとしこ氏は韓国にも緑色のパスポートがあることと混同して、主に公用で交付される公用旅券を誤って持たせたのだろう。
これひとつ取ってもはすみ氏の無知と不勉強ぶりが明らかなのだが、悪質な事にはすみ氏はそれを訂正するでも無く、藤木氏ははすみ氏の誤りを指摘するどころかよりにもよってアダルトビデオを引き合いに出して
モザイク処理という意味不明な誤魔化しを強引に正当化せしめ、青林堂の編集者はその誤魔化しに気づいて指摘・訂正するでもなくただ垂れ流すという、まともな出版社であれば有り得ない惨状が展開されてゆくのである。

初っ端からこの体たらくなのだから後続も推して知るべし。
世にヘイト本やヘイト出版社は数あれど、未だに朝鮮進駐軍を事実のように扱う出版社は青林堂くらいであろう。
驚いた事に「難民しよう」では朝鮮進駐軍が歴史的事実であるかのように言及・紹介されているのである。念のために言うが「難民しよう」は十年前に出版された書籍ではない。2015年の12月下旬に世に出たばかりの本なのだ。

「朝鮮進駐軍デマ」についてまとめ - Togetter

嫌韓主義者やネット右翼ですら、いわゆる「朝鮮進駐軍デマ」に関しては、多少なりとも賢しい者であれば距離をおく。
それはこの「朝鮮進駐軍」の発生源や流布した経緯、デマを垂れ流した者などについてほぼ全てといって良いほど明るみになっているからだ。
2015年の暮れになってもまだ「朝鮮進駐軍」が歴史的事実であると主張する者がおり、その本を喜んで購入するものが後を絶たないのだ。流石に眩暈がした。


直接的な名指しこそないものの、SEALDsや安保法制反対デモを揶揄したイラストもある。
曰く「情報ソースはテレビだけれど私は何でも知ってるの」。在日特権や朝鮮進駐軍を鵜呑みにする人がよく言えたものだと辟易する。
在日コリアンや韓国・朝鮮、中国に国会前デモ、従軍慰安婦有田芳生氏、シーシェパード、ぱよちんと、はすみ氏の攻撃対象は多岐に渡るが、その多くに共通するのが自身の心中で攻撃対象への憎悪や偏見を肥大化させ、それを基として作品を生み出すというスタイルである。相手の主張を正確に理解し、事実関係を把握し、その上で的確に反論したり矛盾点を指摘するというような知的誠実さは薬にしたくも無い。難民少女を侮辱するイラストもそのようにして生み出されたのだろう。やりきれない。



これは皮肉でも嫌味でも茶化しでもなく真面目に思うのだが、「難民しよう!」のような本の売り出しは、ビジネスモデルとしては極めて効率的で優れたものだと思う。
上記のように批判対象の主張や事実関係を必ずしも正確に把握する必要は無い。自分の中で凝り固まった偏見を適当に言語化し、適当な人物を描いて台詞を添えればそれだけで出来上がり。背景などはフリー素材を流用すれば
手間はさらに省けるだろう。差別的な内容や明らかに事実と異なる箇所があっても、特定の個人や団体を対象にしなければ今の日本ではそれを咎めることすら難しい。
国内外から非難されても具体的なペナルティを科せられるわけでなし、自身の作品によって日本の名誉が著しく汚されても知らぬ顔をしておれば良し、抗議されたらされたでそれを当て付けにアマゾンの売り上げランキングに
貢献してくれる一定の購買層までいるのだから怖いものなど何も無い。


ホワイトプロパガンダ漫画家」なる肩書きの意味は、本書最後に有るあとがきに解説がある。

プロパガンダとは、特定の思惑へ人を誘導する意図を持った宣伝行為の事です。従来
サヨク達は、このプロパガンダを巧みに操り、自分たちの利する世の中へと民衆を誘導
してきました。音楽やドラマ・映画など、感覚に訴えかけるツールを用いてプロパガンダ
行っていくその手法は、敵ながら天晴れとしか言いようがありません。
人は困難なものより、楽しいもののほうを受け入れる傾向にあります。そして理論より
感情が優先されるのです。このため、いくら真実を述べる者が理路整然と熱弁しても、
民衆は能動的に理解しようとせず、感情に訴えかける簡単なキャッチコピーに耳を傾けて
しまうのです。したがって真実は非常に伝播されにくいのが現状です。
プロパガンダは悪い印象を受けますが、これはツールにしか過ぎません。重要なのは
「使う者の意?」です。私は意見が食い違う相手であれ、「これは上手い」と思う手法は
それが違法でない限り、積極的に取り入れて模倣するようにしています。
プロパガンダで非常に効果的な手法は絵だと考えます。絵は視覚に訴え、一目で様々な
情報を脳に伝達し、物事をイメージで捉えさせることができるからです。単純明快、
最良最適のプロパガンダツールといえます。
私は私の絵が、真実を伝えるツールとして、皆様に訴えかけ、伝わっていくことを
願ってやみません。

眠くなってきたので続きは別の日に。